東京高等裁判所 昭和40年(ネ)193号 判決
〔証拠〕によれば、前記の建物は東京地方裁判所八王子支部庁舎の前に位置し、その場所柄と小泉光明及び被控訴人の父が長年の検事生活の後公証人として在職中であつた関係などから、弁護士や司法書士用の事務所として各室を賃貸する予定で設計され、昭和三十五年八月完成した建物であつて一階東側の一部に店舖兼住居用部分と同じく西側の一部に倉庫があるほか、他は事務室用の構造となつていること、右建物の貸事務室につき同年十二月頃控訴人より賃借の申入れがあり、被控訴人は当時右建物の所有者である若年で病身の弟光明の代理人として、控訴人と折衝した昭和三十六年一月二十三日二階にある四室のうち西側の前記三室につき、前掲約定のほか使用者を控訴人本人に限り、使用目的として法律事務所以外には使用しない約旨で右賃貸借の契約を締結し、控訴人は同年二月より法律事務所としてその使用を開始したことを認めることができ、右認定に反する当審証人古賀チエ子の証言及び原審における控訴人本人訊問の結果は前掲各証拠に照し採用しない。
控訴人は、右賃貸借契約においては、室の使用目的の制限がなく、控訴人において任意に使用しうべき約定であつたと主張し、前掲甲第一号証、乙第二号証によれば、前記賃貸借に関する東京法務局所属公証人川原一郎作成昭和三十六年第六一三号建物賃貸借契約公正証書中の使用目的の変更を賃貸人の契約解除権発生原因とする当初の記載が削除されていることを明瞭に看取しうるけれども、右事実に前掲乙第一号証、当審証人古賀チヱ子の証言ならびに原審及び当審における被控訴人原審における控訴人(一部)各本人訊問の結果を総合すると、前記賃貸借契約が成立し、契約書の作成及び敷金、権利金の授受が終り昭和三十六年二月初頃控訴人が弁護士事務所として右各室の使用を開始した後間もない頃、控訴人から当時中央大学法学部に在学中の長女に将来弁護士を開業させ、自己の法律事務所を承継させたい希望であるが、自己が老令でもあり、娘の弁護士資格取得前に死亡するやも測り難いから、その場合には同女が弁護士の資格を得るまでの間一時的に法律事務所以外の目的に使用することも諒解されたい旨を申入れ、種々話合の末被控訴人は、右のような場合には、その際あらためて相談のうえ考慮することとし、念のためその趣旨の念書の差入れにも応すべき旨及び後日作成すべき公正証書の文面は前記契約書の条項どおりとし、使用目的の変更は一応これを認めない建前を採りたい旨を申出たこと、しかるに、同年四月五日前記公正証書作成のため、控訴人及びその連帯保証人相原正治両名の代理人として右公証人役場に出頭した控訴人の妻チヱ子が前記契約書に基いて作成せられた公正証書となる書面に、使用目的変更の場合賃貸人において契約解除をなしうる旨の条項の記載あることを知つて控訴人と連絡のうえ、被控訴人差支えのため単身で出頭した小泉光明に対し、右条項の削除は従来の話合により被控訴人も了承ずみであると告げその削除方を要請したため、情を知らない光明はこれに同意した結果、右条項の記載を抹消し、前記公正証書の作成を見るにいたつたものであることが認められ、右認定に反する当審証人古賀チヱ子及び原審における控訴人本人の供述は措信しない。
右認定の事実によれば、本件賃貸借には、前記の諒解事項の場合を除き、原則として賃借物件につき、使用目的の変更が禁止せられ、控訴人は、生存中これを法律事務所としてのみ使用すべき旨の特約が存したものというべきである。
そこで、被控訴人の貸室使用妨害の点について判断するに、〔証拠〕を総合すれば、昭和三十一年頃から東京都大田区大森に法律事務所を有していた控訴人は、本件の三室を借受け法律事務所を開設すると同時に大森の右法律事務所を廃止し、これを税理事務所として存続せしめていたが、昭和三十八年終頃から法律事務所を再び大森の右事務所に移転して本件貸室を使用して多摩学院なる名称で、英文、和文のタイピスト養成、英語、簿記の教授、小、中学生、高校生のための学習等の教習所を経営しようと計画し、昭和三十九年一月初頃さしあたり多摩タイプ学院なる名称のタイピスト教習所を発足せしめることとして、その準備を進め、タイプライター機械十台を購入し、規則書、ポスターを印刷して宣伝するとともに、第七号室の道路に面した硝子窓に内側から前記紙看板、他の賃借人と共用にかかる一階西側玄関口硝子扉に前記の貼紙をしたこと、控訴人は、右タイピスト教習所において、英文及び和文を併せてタイプライター機械十台を使用し、日曜、祭日を除き毎日午前九時から午後八時までを授業時間とし、一人一日一時間、一日十一時間、機械十台で延百十人の生徒の教授を予定していたこと、ところが本件建物は前記のとおり事務所用として設計建築されたものであり、二階の床は木造地にタイル張、二階の各室間の仕切りはベニヤ板でいずれも防音装置がなく、各階に一箇所宛設置された便所はそれぞれ一日二十数人の使用に耐える程度の施設に過ぎず、当時二階の東側の一室は訴外東京生命保険会社に営業所として賃貸され、十四、五名の所員が勤務し、一階は司法書士等に賃貸せられていたほか管理人鈴木一成が住居として使用していたため、本件賃貸借契約後光明の死亡により本件建物の所有権と賃貸人の地位を承継した被控訴人は、控訴人が二階の前記三室においてタイピスト教習所を開設することは、契約上の使用目的に反するばかりでなく、不特定多数者の出入りやタイプライターの機械使用に伴う建物の破損、騒音による他の賃借人の被害、火災、盗難等の危険増加、従来から故障しがちな便所の使用に関連する衛生上の問題等の発生を憂慮し、かつて控訴人には被控訴人の反対を無視して本件建物に動力線を引込み冷暖房工事をなし、二階の硝子窓に設計事務所という金文字を入れ、また共同出入口である西側玄関口の硝子扉に古賀法律事務所と金文字で記載する等勝手な行動が多く、被控訴人の抗議も全く顧みられなかつたため、前記タイプ教室の紙看板を掲げ、貼紙をした際、控訴人が従来のようにあくまでもその計画を強行して既成事実を作出することを虞れ、管理人鈴木一成から右事実の報告を受けるや、直ちに鈴木に命じ緊急措置として、二階硝子窓内側から貼布してある紙看板は硝子窓の外側から新聞紙を糊付けさせてこれを遮蔽し玄関硝子扉の貼紙は、これを剥取らせたものであつて、右新聞紙は室内から容易にとり除き得るものであることを認めることができ、右認定を覆すに足る証拠はない。
叙上のように、法律事務所以外の目的に使用しない約で前記三室を賃借した控訴人が約旨に反してその用法を変更し、建物本来の構造上、その保存や他の賃借人の貸室の使用等に重大な支障を生じうべきタイピスト教習所の開設を強行しようとするに当り、賃貸人たる被控訴人が、前示のような控訴人の従来からの勝手な所為に鑑み、既成事実となることを虞れ、右開設を妨げる緊急措置として、前記の程度の軽微な妨害手段を採つたことは、許さるべき自救行為として、違法性を認め難く、従つてこれにより控訴人がその主張のような損害を被つたとしても、被控訴人にその賠償をなすべき義務はないものというべきである。
(仁分 池田 渡辺惺)